Book Select 本を選び、本に選ばれる

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歴史って面白いよね、ということを再確認。塩野七生/ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず

出口さんの『世界史講義』がすこぶる面白かったので、
いつか読もうと思っていた『ローマ人の物語』の文庫を大人買いして読み始めた。

買ったのは文庫版なので、引用のページ数は文庫版に基づく。

ローマ人の物語 (1) ローマは一日にして成らず

ローマ人の物語 (1) ローマは一日にして成らず

ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (2) ― ローマは一日にして成らず(下) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (2) ― ローマは一日にして成らず(下) (新潮文庫)

まぁ、とにかくローマというとなんとなくでかい、とか
歴史が長い、とかカエサル、とか五賢帝とか、
世界史で出てくる断片的なイメージが浮かんでは消える感じ。

世界史の記憶と言ってもはるか昔に習ったもんだから、
今やほとんど忘却の彼方だったりもする。
それでも、このローマの話はすこぶる面白そうだってことも、
世界史履修者にはなんとなくわかるはず。

そして改めて読み始めると、とにかく色々なことが新鮮で面白い。

「ローマは一日にして成らず」と題された巻は、
ローマの政治体制、原理原則などをまとめたもの。

これまでの歴史作品がギリシアを中心とする束地中海世界を主としてあつかっていたのに比べ、ポリビウスの『歴史』は、ローマに眼を向けた、それも実証的な立場から焦点を当てた、最初の歴史作品になった。
ローマを物語った信頼のおける本格的な歴史の第一作は、こうして、他国人であるギリシア人によって書かれたのである。
上巻 P.26

例えばこのお話も改めて言われるとへーって感じ。
ローマの歴史はギリシア人によって書かれた。

そしてローマといえば市民、および市民権の重さは要注目。

民集会は、ローマ市民全員で構成された。
王をはじめとする政府の役職者を選出するのが役割だ。
ただし、市民集会には政策立案の権利はなく、元老院の助言を受けて王が考えた政策を、承認するか否認するかが問われるだけである。
戦争をするときも彼らの承認を必要としたし、講和をする際も、彼らが承認してはじめて、効力が発揮されるのだった。
上巻 P.54

政策の立案はできないけれど拒否権は持っている。
権力の暴走を抑止する設計になっているんだね。

そしてこの市民権の運用こそ、ローマが一大国家に成長した肝。

サビーニ族の自由民全員には、ローマ大同様の完全な市民権が与えられた。私有財産に関する諸権利とともに、市民集会での投票権ももったわけだ。
サビーニ族の長老たちには、元老院議席も提供された。
ロムルスにしてみれば、人口の増加と兵力の増大を望むがゆえの策であったろうが、このやり方は、当時のローマ人が考えていた以上の成果につながることになる。
プルタルコスは、『列伝』の中で次のように述べている。
「敗者でさえも自分たちに同化させるこのやり方くらい、ローマの強大化に寄与したことはない」
上巻 P.57 - P.58

民族が違おうとも、敗者だろうとも、その者たちに市民権を与え、
ローマの市民として扱う。
つまり外部の勢力をすべて内側に取り込んでしまう。
これは凄い。

そして特定の宗教とはとりあえず無縁な集団ってのもポイント。

ローマの王は、神の意をあらわす存在ではない。
共同体の意を体現し、その共同体を率いていく存在なのである。
それゆえに、終身だが世襲ではない。
また、選挙によって選ばれる。
ロムルスにも子がいたのに、その子が二代目を継ぐなど、当時のローマでは誰一人考えなかった。
王様というよりも、終身の大統領と考えたほうが適切かもしれない。
上巻 P.61

宗教と分離していて最初から王が世襲制じゃないっていうのも凄いこと。
未だに人類は宗教なり世襲の権力なりから完全に自由ではないもんね。
そりゃ作者もぼやきたくなるわな。

一神教多神教のちがいは、ただ単に、信ずる神の数にあるのではない。
他者の神を認めるか認めないか、にある。
そして、他者の神も認めるということは、他者の存在を認めるということである。
ヌマの時代から数えれば二千七百年は過ぎているのに、いまだにわれわれは一神教的な金縛りから自由になっていない。
人間の行動原則の正し手を、宗教に求めたユダヤ人。
哲学に求めたギリシア人。
法律に求めたローマ人。
この一事だけでも、これら三民族の特質が浮びあかってくるぐらいである。
上巻 P.75 - P.76

ちなみに、とても民主的なイメージがあるけれど、
ローマの選挙権は1人1票ではない。

ローマでは、一人一票ではない。
軍団の最小単位でもある百人隊ごとに、一票をもつのである。
百人隊の内部で議論し討論し、その結果の統一された意志が一票に結びつく。
言ってみれば、小選挙区制である。
ギリシアのアテネでは一人一票だったが、ローマでは、百人で一票の方式を守りつづけた。
上巻 P.99

こういうのも習った記憶はあるんだけど、改めて読むと面白い。

後は陶片追放に関しても、思っていたより
さっぱりしたものなんだってのがわかった。

クリステネスの実施した改革の最後は、追放したいと思う人物の名を陶片に記して投票することから陶片追放と呼ばれた、一種の自浄システムである。
独裁政を避ける目的でつくられたのは明白だ。
民集会は毎年、過半数さえ得れば、一説では六千の陶片が必要であったというが、その権威と権力がアテネのために危険であるとされた市民を、十年間国外に追放する権限をもつことになった。
ただし、この追放には、その市民の名誉を汚す意味はなく、陶片追放されても、その当人にとっては何ら恥ずべきこととは思われていなかった。
それゆえに、市民としての諸権利を失うわけでもなく、財産を没収されることもなかった。
ただ単に、十年の間アテネから追放され、国外のどこかに住まわねばならなかっただけである。
十年が経てば、再びアテネにもどってきて、「ストラテゴ」に選ばれることさえ可能なのだった。
要するに、アテネの民主政にとって危険と思われた人物を「陶片追放」し、その人物もその人物をかつごうとしていた人々も、当分の間頭を冷やせ、という意味をこめてつくられた制度であったのだ。
上巻 P.163

そしてローマを理解する上で押さえておきたいのが、
パトローネスとクリエンテスの関係。

貴族とクリエンテスの関係を、明快に定義することはむずかしい。
貴族が保護し、クリエンテスは保護される、とはきまっていたわけではなかったからだ。
貴族の財政状態が悪化すれば、クリエンテスたちが共同して助けた。
反対にクリエンテスの一人が財政危機におちいれば、貴族が援助する。
クリエンテスが何か事業をはじめる場合も、貴族は仲間の貴族たちに頼んででも、その事業が成功するよう骨を折った。
貴族が海賊にでも捕われたりして、身代金の必要が生じたような場合、クリエンテスたちが八方駆けまわって調達するのは当然のこととされていた。
クリエンテスの子弟の結婚話から教育問題から就職問題から、また訴訟問題でさえ、パトローネスには、相談にのり、それの解決に力を貸す責務があった。
その代わり、彼らのパトローネスが公職に立候補でもすれば、クリエンテスたちはこぞって選挙会場であるマルス広場へ駆けつけるのである。
ローマ市民である彼らは、立派な有権者であったからだ。
下巻 P.49

こう聞くと、なんか持ちつ持たれつの良い関係っぽく見える。
信頼関係で結ばれた領主と村人って感じか。
なので、貴族と平民の対立といった、単純な二項対立ではなかったらしい。

ローマの貴族のもっていた力の基盤は、土地よりも人間にあった。
それだからこそ、数では劣勢の貴族でも、真向から平民と対決できたのである。
ローマの貴族と平民の抗争は、既成の勢力対新興勢力の対立という図式だけでは説明できない。
貴族とクリエンテスである平民が合体した勢力と、そのような関係の外にある平民との間の抗争であったとするのが、妥当な見方ではないかと思う。
下巻 P.51

で、ちょっと話が変わってケルト人。
ケルト神話とか小綺麗なイメージあるけれど、
まぁ、なかなか凄いよケルト人。

ケルト人には、討ちとった敵兵の頭部を切りとり、自分の馬の首にぶらさげる習慣もあった。
戦い終って家にもどれば、それを油に漬けるのである。
これを見せるのが、上客とされた客への接待だった。
下巻 P.61

こういう全くイメージと違う文化の違いって面白い。

塩野七生の歴史物は、単なる観察者として
事実が綴られるわけではなく、
時折作者の見解が入ってくる。
これを邪道とする考えもあるのだろうけど、
ふと一歩引いたところから俯瞰しながら語られる話は、普通に面白い。
それを真に受けるかどうかは、読み手次第なのだけど。

公共の利益の重視が大切このうえもないことである点では、誰もが一致する。
ところが、どうやってそれを実現していくかとなると、共に和するどころの話ではなくなってくるのだ。
それは、歴史が証明している。
いや、歴史というもの自体が、目標とするところは同じなのにそれを実現する手段となると一致できなかった、人類の種々相であるといえるかもしれない。
ではなぜ、実現の手段となると対立してしまうのか。
手段なるものを大別すると、次の二つに分れるかと思う。
第一は、「民意優先」派としてもよい考えをもつ人々である。
主権在民であるのだから、国民の意を反映させながら公共の利益を達成すべきである、と考える人々である。
古代のギリシアもローマも、主権在民という言葉こそなかったが、市民が共同体の主柱であることに特質をもつ都市国家である。
民意の反映をどう考えるかは、彼らにとっても重要な命題であったのだ。
第二は、「公益優先」派としてもよいかと思う。
公益こそ何にもまして優先さるべきと考える人々で、民意の反映は必ずしも公益の向上をもたらすとはかぎらない、と考える人々でもあった。
第一の派に属する人々は性善説に立ち、第二の派は性悪説に立つ、と言う人もいる。
下巻 P.90

まぁ、個人の権利と公共の利益のどちらを優先するかというのは、常に課題としてあるよね。
ちなみに、どうでもいいけど、個人個人は性善説
でも集団に対しては性悪説だな、自分は、とこれ読んで思った。

按察官(エディリス)日本では、この訳語で定着している。
ところが私には按察という言葉の意味がわからず、国語辞典に当ってようやくわかったのだが、取り締るという意味であるらしい。
下巻 P.105

これは、単純に按察なんていう言葉知らないなぁ、って思っただけ。

お次は、元老院
元老院は選挙がないので、選ばれると任期は終身らしい。

元老院議員だけは、この選挙の洗礼を受けない。
といって、三十歳を過ぎれば自動的に議席を獲得できたわけでもなかった。
それゆえに、世襲ではなかった。
なかなかに厳しい選別が行われて、識見、責任感、能力、経験ともにふさわしいと認められた者だけが、元老院入りを許されるのである。
もちろん、ローマの名門貴族の出身であれば、多少は有利ではあったろう。
だが、新入り専用の呼称が使われたことが示すように、新参者にも開かれた機関であったのだ。
選挙の洗礼を受けないのだから、いったん元老院議員になれば任期は終身である。
これでは老害動脈硬化の弊害を避けられないのではないかという心配が起きそうだが、その危険はまずなかった。
当時では、病気になれば体力のないかぎりは死んだし、ヤヌスの神殿の扉が開きっ放しという有様で戦闘は日常茶飯事であったから、適度に構成員も入れ代わったのである。
下巻 P.112

そして最後はローマとギリシャの奴隷の処遇の違いに関して。

市民権というものに対するギリシア大とローマ人の考え方のちがいは、奴隷の処遇にも示されている。
ギリシアでは、奴隷は奴隷のままで一生を終るのが普通であったのに、ローマの奴隷には、別の道が開かれていた。
ギリシアの哲学者アリストテレスは、奴隷と家畜を比較して次のように書いている。
「有用さにおいては、両者の間の差は少ない。
奴隷も家畜も、彼らの肉体によってわれわれ人間に有用であることでは同じなのだから」アリストテレスよりは二百年以上も前に、ローマ六代目の王セルヴィウスートゥリウスは、次のように言っている。
彼自身が奴隷出身ではないかと噂されたという理由もあったにしてもである。
「奴隷と自由民のちがいは、先天的なものによるのではなく、生を受けて後に出会った運命のちがいであるにすぎない」
下巻 P.139

古代ローマ、驚くほど理性的。
なんか本質的なところで人類はあんまり進化していないのかもな、と思うくらい。

賢者は歴史に学ぶというけれど、本当に歴史って面白い。

ローマ人の物語 (1) ローマは一日にして成らず

ローマ人の物語 (1) ローマは一日にして成らず

ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (2) ― ローマは一日にして成らず(下) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (2) ― ローマは一日にして成らず(下) (新潮文庫)