Book Select 本を選び、本に選ばれる

読んだ本にまつわる話を書き綴っていくことにしました。マンガが大半を占めていますが小説も好き。マンガはコミックで読む派。本は買って読む派なので常にお金と収納が足りません。例年1000冊以上コミック読んでます。ちなみに当ブログのアフィリエイト収入は昔は1000円くらいいった時もあったけど、今では月200円くらいです(笑)みんなあんまりマンガは買わないんだなぁ。。収入があった場合はすべて本の購入に充てられます。

肉体は物質ではなく時間。 グスタフ・マイリンク/ナペルス枢機卿 バベルの図書館 12

オーストリアの小説家、『ゴーレム』や『緑の顔』といった幻想小説が代表作。
しかしいまいちすんなり入って来なかった・・・

私たちは時間で出来た構成物なのであり、肉体とは、物質であるかのようにみえて、流れ去っていった時間以外のなにものでもないのです。
P.32

ナペルス枢機卿 (バベルの図書館 12)

ナペルス枢機卿 (バベルの図書館 12)


しかしそれでも山尾悠子さんが推薦している作品集と、
『ゴーレム』の2冊は気になるな。

ワルプルギスの夜:マイリンク幻想小説集

ワルプルギスの夜:マイリンク幻想小説集

ゴーレム (白水Uブックス)

ゴーレム (白水Uブックス)

白水Uブックスの『ゴーレム』は紙はすごくプレミアついてるみたいね。
Kindle版あるなら読んでみようかな・・・

なんというかこういう海外の幻想小説って根幹に
「神秘」とか「魔術」的なものがあるんだけど、
その前提となる文化、宗教、世界観がいまいちわかってないから
しっくりこないのかしらね、と思ったり。

色々な喪失とその余韻に文学感じちゃう短編集 ハーラン・エリスン/愛なんてセックスの書き間違い

SF素人なのでハーラン・エリスンがSF界でどんだけのもんなのかは知らない。
結構すごいらしいけど。

で、これはそんなエリスンの非SFの作品を集めた短編集。

タイトルがかっこいいよね。


愛なんてセックスの書き間違い (未来の文学)

愛なんてセックスの書き間違い (未来の文学)

てっきりなんかの短編作品のタイトルを署名にしたのかと思ったらそうではなくて、
タイトルは「パンキーとイェール大出の男たち」という作品の冒頭に出てくる台詞。

大物作家のソローキンがイェール大学を出た若者二人と飲みに行って色んな体験をする話なんだけど、
ソローキンの共感力が高すぎて相手の思考を読み解いてしまうっていう設定が面白かった。
まぁそれも序盤だけで物語上重要なわけでもないんだけど、
人の典型的な思考パターンとか、好きなんだよね。

全体的に閉塞感や喪失感にまみれた作品が多い。
社会の底辺を描いたようなものも多くて、悲惨な境遇の人間たちの悲惨な物語だったりするのは、
読んでいてこちらも少し重苦しい気分になる。

そして何かと喪失を描くのよ。
その喪失の余韻に文学感じちゃうのよ。

仲間の女が妊娠したのでメキシコまで行って闇医者に堕胎してもらう
「ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない」とかはわかりやすい喪失の物語。


父親を探し出して殺そうとする少年を描いた「第四戒なし」も面白い。
少年は父親を見つけ出し殺し続ける物語。狂気の描かれ方がとても良い。

近所の不良共に悩まされ、妻が襲われた大人の復讐劇「ガキの遊びじゃない」もいけてる。
大人は静かに報復する。
何も知らぬまま死ぬバカと計画的に死へと導く大人のコントラストが秀逸。

愛なんてセックスの書き間違い (未来の文学)

愛なんてセックスの書き間違い (未来の文学)

綺麗事で済まさない、人の弱さや醜さもしっかり描くファンタジー。 小野不由美/十二国記

年末からただひたすらに十二国記を読み耽っていました。
18年ぶりの新作が刊行されたと話題だったのだけど、
これまで何度か気になりつつ見送ってきた自分としては今こそ着手する時かな、と。

ファンタジーというのはここではない別の世界へ行って戻ってくるお話、という定義を
何かで読んだことがある。
ナルニア国とかが典型だけど、こちらから、あちらへ行き、帰還する。

確かに十二国記は1巻では女子高生が別の世界へ赴く物語なので、
古典的なファンタジーの定義に則った物語。

ただ、巻によって色々な表情を見せる。
謎解き要素もあれば、貴種流離譚の時もある。

物語の色々な型を使い分け、様々なキャラクターの群像劇を通じながら、
人間の色々な側面を描き出す大傑作だった。

無難に優等生的で八方美人なコミュニケーションを
取っていた主人公が裏では疎まれていたり。

わかりやすい正義を掲げる善人キャラがその実、ものすごく醜悪だったり。

王になり善政を敷こうとしても、官僚を掌握できず何もできずにお飾りにされたり、
綺麗事では済まない人の弱さや醜さを巧みに描いているところが素晴らしかった。

月の影  影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)

月の影 影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)

  • 作者:小野 不由美
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/06/27
  • メディア: 文庫

幸せや楽しみは自ら見出すものであるなぁ。エイモア・トールズ/モスクワの伯爵

ずっと同じホテルに軟禁されたら・・・
それはさぞ退屈で代わり映えのしない日常。
苦痛を伴う日々になるかもしれない。

モスクワの伯爵

モスクワの伯爵

でも、この伯爵は違う。
軟禁生活の中にも人生の楽しみを見出し、
決して人としての尊厳を失わない。

幸せや楽しみは自ら見出すものであることを改めて感じつつ、
物語の落ち着いた語り口も魅力的。

実は章立てや経過時間などに数字のこだわりが詰まっているという技巧を凝らした作品でもあるらしい。

のんびりとダラダラ、いつまでも読んでいたい名作。

ヒーローは名詞ではなく、動詞 トラヴィス・スミス/アメコミヒーローの倫理学

DC、マーベルのスーパーヒーロー10人の中で、
現代社会で最も望ましい特製のモデルになるのは誰かを検証する、という本。
空想科学読本的な雑学系ではなく、ヒーローの倫理を考察する。

MCU作品全て見て臨んだけど、
それだけじゃちょっと知識不足な感がある。
著者は86年にX-MENのコミックを買って以来、
新刊を買い続けているらしいアメコミオタクなので、
正直嬉々として語るのだけどついていけないところも多い。

アメコミヒーローの倫理学 10人のスーパーヒーローによる世界を救う10の方法

アメコミヒーローの倫理学 10人のスーパーヒーローによる世界を救う10の方法

それでも理解できる箇所で興味深いのは、
それぞれのヒーローのスタンスが全然違うところ。

キャプテン・アメリカの性格は生まれながらのヒーロー、
力は弱くても心はヒーローだった彼が力を手に入れた。
ヒーローであることに疑問も持たなそう。

対するアイアンマンは、キャプテンのような根っからのヒーローではない。
彼は、皆が思うヒーローを演じているし、演じようとしている。
自分が根っからのヒーローではないことも自覚していると思う。

ヒーローを演じた結果、ヒーロー的な行動を取っている。
そこにはヒーロとして生きたいという願望や憧れもあるのかも。
だからこそ、アイアンマンは葛藤するし、時にハメを外す。
ヒーローである前に人間、そんなところが魅力的なんだよな。

また、バットマンに関して、ブルース・ウェインバットマンが変装した姿、と言っているのも面白い。
本質はバットマンの方にあり、バットマンが世を忍ぶ仮の姿を撮っているのがブルース・ウェイン

あとがきに書いてあったロバート・ダウニーJr.の名言も良かった。

私たち全員が何かしらヒーローらしいことをしていると思いますが、ヒーローは名詞ではなく、動詞なのです。
P.292

アメコミヒーローの倫理学 10人のスーパーヒーローによる世界を救う10の方法

アメコミヒーローの倫理学 10人のスーパーヒーローによる世界を救う10の方法

想像していたよりも幻想的な作風。 H.G.ウェルズ/白壁の緑の扉

バベルの図書館のウェルズだよ。

ウェルズといえば、タイムマシンとか透明人間で著名な作家。
しかしどちらも読んでいない。。。

タイムマシン (光文社古典新訳文庫)

タイムマシン (光文社古典新訳文庫)

透明人間 [完訳版] (偕成社文庫)

透明人間 [完訳版] (偕成社文庫)

そんなウェルズの短編集なのだけど、
科学的なSFの作家っていう印象を勝手に抱いていたのだけど、
どちらかというと幻想小説よりな短編。

白壁の緑の扉は、いつも忙しい時に限ってそういう扉が現れる話。
その扉を開けると、ここではない何処かへ行けるはず、と感じている主人公。
でもどうしようもなく急いでいる時とかにその扉が現れるから結局開けられない。

プラットナー先生奇譚は、先生が透明人間みたく他者から認識されない存在になってしまう話。
違う次元に迷い込む感覚、と言った方が近いかな。
亡きエルヴシャム氏の物語は、
老人と若者が入れ替わり若者は老人に人生を乗っ取られる話。

まぁモチーフは今となってはあるあるというか、って感じなんだけど、
この辺に共通しているのは自分の日常が違うものになっていく可能性の物語だよね。

日常とは非連続な、ディスラプティブな変化が起きるかもしれない、という期待や、
実際に起きてしまった物語。

いつか王子様がやってきて私を幸せにしてくれるという典型的なプリンセス・ストーリーが、
男性依存として批判されるのであれば、
こう言ったある日突然の人生の変化願望もまた根っこは同じ現実逃避な気がする。
それはそれで悪くないんだけどね。


アナ雪はディズニー自身がかけた呪いからの解放 河野真太郎/戦う姫、働く少女

魅力的な表紙とタイトル。
ジブリの少女やディズニーのプリンセスは何と戦い、どう働いたのか、と言う帯も興味を引く。

もう少し軽めの本かと思ったけど、コンテンツを題材にしたフェミニズムの話で、
思っていたよりもしっかり、カッチリした本でした。

戦う姫、働く少女 (POSSE叢書 Vol.3)

戦う姫、働く少女 (POSSE叢書 Vol.3)

アナと雪の女王』の革命

プリンセス・ストーリーはディズニーが自ら作り上げた、物語の文法であり、
女性にとっての憧れであるとともに、ある種の呪いも含んでいる。
いつか私の王子様が現われて、まるで魔法のように自分の生活は一変する。
異性によってもたらされる幸せといった暗黙の前提は、
男女平等の概念とは程遠い、男と女の性別期待役割を下地にしないと成立しない。

シンデレラ・コンプレックスと言われるやつで、
女性が「外から来る何かが自分の人生を変えてくれるのを待ち続けている」ことへの批判と言うものが存在する。

でも時代の変化にディズニー自身が一番敏感に対応してきたとも言える。
シンデレラ・ストーリーを否定するものもまたディズニーなのだ。

『シンデレラ』ストーリーの否定は『リトル・マーメイド』や『美女と野獣』あたりからすでに始まっていて、
一九九八年の『ムーラン』において決定的な転回点を迎える。
(中略)
ラプンツェル』では擬似的な母からの解放が、『メリダ』では母のリベラルな解放と母親の和解が描かれる。『アナ雪』は、二〇年近いディズニー映画の探求の完成形である。
P.21

アナ雪は、まるでシンデレラストーリーであるかのように始まる。
ハンスと恋に落ち、自分の世界が変わる、と夢見るアナ。
エルサの魔法で凍結しそうになった彼女はハンスのキスで元通りに、と言うオールドスタイルで
いくのかと思いきや、ここでハンスの正体が暴かれる。
ハンスは王子ではあるが、アナを利用して国を手に入れたいだけの下衆だったわけだ。
これはもう徹底的なシンデレラ・ストーリーの否定。
じゃあ、クリストフという本当の王子様に鞍替えして幸せになりましたとさ、って話かというとそうじゃない。
クリストフは最後まで添え物に過ぎず、アナは命をかけてエルサを救う。
あくまでもアナとエルサの姉妹の物語なんだな。

そう考えるとこれがシンデレラに代表されるプリンセス・ストーリーとは
いかに異なるなものかよく分かるし、革命的だと言われるのも納得。

シェリル・サンドバーグは女性のヒーローなのか

シェリル・サンドバーグFacebookのCOOとして働く女性として輝かし経歴を持つお方。
著書の『LEAN IN』も話題になってた。

女性もリーダーを目指すべき、と説き働く女性からの支持を集めたサンドバーグに対して、
ドーン・フォスターは『LEAN OUT』という著作で批判してる。

courrier.jp

サンドバーグは男女の格差を是正していない。
サンドバーグがもたらしたのは女性の中での階級格差だ、と。

サンドバーグが代表するようなフェミニズムをコーポレート・フェミニズム(企業フェミニズム)と呼んでるのだけど、
サンドバーグという成功例は企業にとってとても都合が良い存在なのだ、と。
努力すればトップにまで上り詰められる社会を象徴する存在として扱えば扱うほどに、
社会に隠然と存在している男女の格差はあたかもないものとされ、
女性が社会的に成功していないとしたらそれはすべからく本人の努力や才能の不足によるものと帰結される。
だって、シェリル・サンドバーグは上り詰めたじゃない!?あなたも頑張ればなれるわよ、ってわけ。
確かにこれはよくできた落とし穴だよな、と思う。

クリエイティヴ経済とやりがい搾取

これは読むとハッとするんだよなぁ。。

われわれ自身のなかに内在するクリエイティビティの実現こそが「富」を産むのである。それは、自己実現こそが富になるというユートピア願望の表明である。
P.96

まず著者は三浦玲一の指摘を引用し、こう続ける。

ここで三浦が、アイデンティティの労働というビジョンが、あくまで旧来の方の労働の隠蔽なのであり、クリエイティヴ経済というのは(ポストモダンな偽)概念であると述べていることに注目しよう。それらは、客観的な真実ではなくイデオロギーであり、苦行としての労働を隠蔽するものなのである。
一言で言えば、これはやりがい搾取の構造である。労働は自己実現として捉えられるべきであり、苦行としての労働を表面上伴うように見えるとしても、それはあくまで付随的なものだ。
P.97

上記のような価値観のもと、そう思える労働者と、派遣労働を渡り歩くしかない労働者との間の分断が隠蔽されていくのだ、と語る。
なるほどねー、と思ってしまった。
自分は仕事楽しいし、苦行としての労働というイメージを持って働いていないからね。

全てを手に入れた女とエヴァンゲリオン

科学者、母、女、3つの人格を移植したのがMAGIシステムなのだけど、
これは働く女性の3つの顔を象徴している。
しかし現実は全てを手に入れられる人というのは稀有な存在で、
いたとしてもレアキャラな訳だ。

ただエヴァにはこの全てを手に入れた女が存在するという指摘が面白い。
それがシンジの母である碇ユイなのだけど、それは彼女が死んでいて、
すでに神話的な地位に収まっているからこそ成立することなのだ、と。

なるほどね〜。


戦う姫、働く少女 (POSSE叢書 Vol.3)

戦う姫、働く少女 (POSSE叢書 Vol.3)