自分の見ている世界を、言葉で表現することは難しいことだが、
そのハードルをいとも簡単に越えてくる文才に少し驚く。
彼女の言葉は、情景が浮かぶ言葉。
そう考えると彼女が写真家であること、
世界をビジュアルで切り取る才能の持ち主だったことを思い出し、
妙に納得してしまう。
彼女は彼女の見た世界、記憶の中にある情景を、
丁寧に言葉にしていっただけなのかもしれない。
本書は写真家、長島有里枝のはじめてのエッセイ。
偶然見つけた、アンドリュー・ワイエスの画集から、
祖母の記憶が鮮やかに蘇る。
書いてて気づいたけど、このパターンって
プルーストがマドレーヌ食べて幼少期を思い出すみたいなのと同じだね。
プルースト的回顧とでも言えばいいのだろうか。
まぁそんな話はどうでもよくて、
まずワイエスが好きだという時点で、
鷲掴みにされてしまった。
アンドリュー・ワイエスはアメリカの画家。
アメリカでは国民的画家らしいが、
どことなく寂寥感のある作品のテイストは
アメリカ的なイメージとはちょっと違う。
ちなみにスヌーピーはワイエスが好きで、
自分の犬小屋にワイエスの絵を飾っていることは、
スヌーピーファンの間では有名な話。
買いやすい画集はこの辺。
Museum of Modern Art
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そして久しぶりに見かけたワイエスの画集を捲りつつ、
見知らぬ絵が多いことにこんなことをつぶやく。
あまりにも遠いむかしに熱狂したものだから、新しくて刺激的な別の写真や絵が記憶に上書きされてしまい、見たことを忘れているだけなのかもしれない。
P.10
自分の中にもある感覚をうまく言葉にしてもらった感じ。
そう、色々なものが入ってくる中で、いつの間にか記憶の奥底に
押し込まれてしまう。
それでもふとした瞬間に甦るものなのだろうか。
確かに、ワイエスに関してはこの本が、自分の中のワイエスを
鮮やかに蘇らせてくれた。
学生の時は、風化して、忘れてしまうものは忘れてしまえばよいと思って
読んだり、見たり、していたけれど、それから10年以上経過し、
本当に風化してくる記憶を目の当たりにすると、少し寂しい。
そんな思いもあって、読んだものに関して言葉に残していこうと思った。
本書では祖父母、親、親戚、友人、幼少期の身近な人の記憶を辿りつつ、
やがて母となった今の著者が顔を出す。
繊細で緻密なディティールも素晴らしいのだけど、
今だからこそこの本に揺さぶられたのは、
自分もまた子供を育てる年になり、著者の幼児期の記憶が、
娘の姿にダブると共に、自分の幼児期の記憶も甦ったからなのだろう。
もし学生の頃に読んでいたらまったく違った印象だったに違いない。
紀伊國屋書店が女性におすすめしたい本のフェアをやって大炎上していたけれど、
この本は小さな子供がいる女性に、お勧めかもしれない。
娘がいる父親にも、良いかも。