歴史を語ることの難しさとか、そもそもの歴史の虚構性みたいなものを
意識している作家だと知り、順番としてはおかしいのだけど『東京自叙伝』読んでから、
続けてこっちも読んだ。
あるジャズミュージシャンにまつわる思い出と、カフカの『変身』が絡まり合って
出来上がった作品集で、章ごとに語り口も異なる。
- 作者: 奥泉光
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2015/11/20
- メディア: 文庫
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これもまたミュージシャンが実在したとするノンフィクションをベースにしたフリをしながら、
虚構の世界が広がっていく。
これも読めば読むほど、何を信じて良いのかわからなくなる。
渡辺柾一というミュージシャンが本当に実在したのかどうかを調べる術がないのだけど、
彼が実在していようと、実在していなかろうと、どっちでも良いっちゃどっちでもいい。
そんなミュージシャンは存在していない方がむしろ面白い。
史実っぽい体で語られる土台の部分が嘘で、しかもその嘘を
尤もらしくするために作られた数々の登場人物と、エピソードを補完するような各章たち。
でもそんなの普通の小説がみんなやってることだったりする。
登場人物があたかも存在するかのように描き、共感を誘うのだけれど、
小説という時点でそれは虚構であり、創作された物語であるとある種安心しきっている。
奥泉光の本はその安心を揺らがせる。
どこまでがフィクションなのか。
でも次第にそんなこともどうでも良い気もしてくる。
ミュージシャンが実在するかどうかはどっちでもいいのだ。
物語の中だけでなく、作者が自作を語るような口ぶりで出てくるところなども、
作品の世界とそのメタレベルの世界を作中に存在させており、
読んでる方は全部素直に信じたくなってしまう。
久しぶりに緊張感のある読書だったけれど、
これと言い、『東京自叙伝』と言い、全て鵜呑みにする人が出てくるんじゃないかしら。
- 作者: 奥泉光
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